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後半からは怒涛の阿弥陀・阿弥陀・阿弥陀…

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快慶は確かに天才です。同時期の慶派彫刻でも抜きんでたレベルにあるものだと思います。東大寺復興において康慶子息の運慶と並んで大仏師に推されたのは、重源らの後押しだけではなく本人の技量があったればこそかと。
しかしよく言われるように、後半生の快慶は作風が硬化していき、かつての魅力が見られなくなっていきます。作品ごとの波も激しい。このへんがどんどん進化していった運慶と比べると分が悪い…本展覧会でもその波を見ることができます。

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高野山の諸仏(神沙大将、金剛神像)は、あの金剛力士吽形を造った同一人物の手になるものとはとても思えません。特に残念すぎる神沙大将は後補か工房作品だろうと思ってましたが、近年の修理で紛い事なき快慶作品だと判明、釈然としませんでした。しかし本展覧会でその原因が透けて見えます。
展覧会解説によると快慶は、修法用仏画の彫刻化を求められることが多かったらしく、確かにその図像を忠実に三次元化しています。なるほどこの種の仏像には快慶の個性が出づらく、また作風にばらつきが出るのも理解できます。また快慶作品に通底する「良くも悪くも表層的」な要素もここに大きな要因があるように思います。

また「巧匠安阿弥陀仏」の墨書を以て快慶真作とするのも?で、信仰者である快慶が、工房作品にも作善の意を込めて墨書した可能性大いにあるのではないでしょうか。ここに見る大量の阿弥陀は、とても一人の手になるとは思えない多様な表情/表現があり、しかも何パターンかに分類できそう、西洋の工房みたく目だけ彫ってはいマスターピースみたいな状況があっても不思議ではありません。快慶作品の出来不出来にはこのような工房作品の存在を抜きにしては考えられないように思います。あの運慶ですら浄楽寺毘沙門/不動という、明らかに工房作だけど大仏師運慶と墨書してる例もありますからね(じゃあ墨書があるものとないものの違いはなんじゃとかそんなこと言ったら何が何やら分からなくなるわという批判は置いておいて)

このあたりのスタンスに、あくまで自分の進化を求めた運慶と、あくまで信仰者であった快慶の絶対的な差異を認めることができます。運慶が日本史上有数の彫刻家であることは紛い事なき事実ですが、今回これだけの快慶作品を見るに、運慶と比較するのは無意味だと思うようになりました。

後年の快慶は確かに作風も硬化し、弥勒菩薩を造った時にあった人体表現の確かさも失われ、ひたすらに煩雑な衣文を刻むことに終始しているように見えます。しかし思うに快慶はもはや人体表現などどうでも良く、自身はあくまで阿弥陀の信仰者であり、念仏者の願いに応じてただひたすら阿弥陀を彫り続ける、そこにこそ自身の生きる道を、宗教を見出していたのではないかと。
膨大な数の阿弥陀立像は、彫刻家としての盛衰を忘れさせるものです。運慶とは単に追求する道が違っただけのことで、決して重源死後抜け殻になってしまったということではないのではないかと。
やり方は違いますが、宗教者としての生き方は円空に通じるところがあったんではなかろうかとも思います。

快慶死後、その様式は日本人の仏像観の一典型として記憶に刻まれるまでになります。
それは一阿弥陀信仰者として、仏のあるべき姿を追及しつづけた快慶にとって、これ以上ない「造仏」だったのではないかと。(これが現代人には反転して安阿弥様=抹香臭い仏像の代表格となるのは劣化コピーを生産し続けた後代の仏師の罪であり、快慶はそういうところとは別にいると思います:蛇足)
2017/10/17 17:33 美・探訪 TB(0) CM(0)
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