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Author:OGI
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田舎に帰った時に訪れた大名墓地にて
>初代藩主松平家乗、丹羽4代…をはじめ歴代藩主の墓が、墓が…どう見ても足らないですね汗
>よくよく調べてみると、丹羽の転封後の松平家7代は皆江戸上野の地に葬られたとのこと、なるほど。

と、いうことで、来てみました

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谷中墓地

我ながら何やってんだと(爆 The Smithの「Cemetery Gate」気取りてか
日暮里で降りて、降りてすぐなんですね汗 一面見渡す限りの墓墓墓…立錐の余地もないほどに並んでいる墓石は流石は土地の少ない東京、墓地も田舎とは違う。不動産事情は死んでも一緒(ry

本墓所はもともと寛永寺並びに塔頭の墓所だったものを明治期に霊園として開設したのを始まりとしているため、圧倒的に明治以降のものが主、軍神とか博士の間に混ざっていかにも古い墓石、これが旧寛永寺時代からある墓です。

最も有名な被葬者は「最後の将軍」

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徳川慶喜です。神道のため特殊な形態。うら寂しい霊園でも流石に賑わっていました。流石にスペースも広い。
このあたりは徳川家代々の大奥関係の墓が多く、やたら立派な墓石が目につきます。大名家の墓もちらほら…

そのレベルの墓はそれぞれが徳川慶喜墓レベルのスペース、すなわち高い塀と石灯籠を持っていたはずが、近年の土地不足の煽りを食って縮小、狭いところへ押し込められているのは残念というか、時の流れは残酷だと。明治の偉人渋沢栄一ですら同じような状況ですからね、しかしエクセルの作業じゃないんだから、改葬して空いたスペース分譲するよ!てなんとも、文字通り現金やなあと…まあそれもそうだな?

まあ分かってはいましたが、わが藩主の墓、これが見つからないんですな笑
有名人はいっぱい埋まってはいますが観光地ではないので掲示があるわけでもない、なのでさっき言ったように、「墓石の山の中から大きくて古そうな墓に手当たり次第アタック」という方法を取るしかない…今から思えば霊園の事務所に聞きゃあよかったなと

おかげで霊園の有名人にはかなり会え(土佐の岡健こと岡本健三郎には感動)、かなりの大名、しかも松平家の墓にも参詣できましたが、肝心の岩村藩松平家の墓だけが、見つからない。まま日没を迎え、碑文も読めないし色々怖くなってきたので(笑)、やむなく撤退…菩提寺の墓域まで見つけてるのになんででしょうか。

目的は達成できませんでしたが、東京の墓事情が体験できた、ということで…次は青山かな(
2017/06/13 00:18 歴史 TB(0) CM(1)
コメント
いいねえ。ブラタモリみたいだな。
2017/06/13 13:20 neet_k URL [ 編集 ]















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