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年末年始は田舎に帰っておりました。

岐阜県恵那郡岩村町。

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800年の歴史を持ち戦国期には織田と武田が血みどろの争いを繰り広げた信濃と美濃を結ぶ要衝であり、また江戸時代には岩村藩として小藩ながら老中を歴任する譜代大名でありましたが、今となっては高齢化著しい一田舎であります。江戸期に整備された城下町が観光地として辛うじて機能しているのが救い

地酒を買うついでに、ふと思い立ち藩主の眠る墓地へ。…たぶん小学生以来。

墓所は城山と城下町を結ぶ丘陵に築かれていて、歴代藩主の墓所からは城下町が一望できます。藩主の想いと言う以上に、墓地も都市の守りの一部として組み込んでいることが見て取れます。

本墓所には藩主の他に歴代藩士、家老も葬られており、何回か国替えもあったため墓石からは「三州」「尾州」といった文字も読み取れます。頂上にはもちろん藩主の墓。整然と並んでいるわけではなく、やや場当たり的に築かれているのは丘陵だからしょうがないのか

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…草ぼーぼーで荒れるに任せてるのは兵どもがなんとやらですが、説明の看板まで腐食して判読できないのはどうなんだ。この町の基礎を作り曲がりなりにも観光地としてやってるという意味では、ある意味今でも食わせてもらってるわけですから、もうちょっと敬意を払っても良いのでは。

初代藩主松平家乗、丹羽4代…をはじめ歴代藩主の墓が、墓が…どう見ても足らないですね汗
よくよく調べてみると、丹羽の転封後の松平家7代は皆江戸上野の地に葬られたとのこと、なるほど。江戸後期になるとそういう殿さまが多いんでしょうか。この松平家は老中も務めてたとのことで、歴代の経歴を見てても岩村に来ることなかった人もいるんじゃないかという。。譜代大名の辛いところですね

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ということでこの墓地は丹羽一族の墓がメインとなっております。やや肩透かし
江戸初期に荻生松平家が封じられた時期にはまだ財政も豊かだったのか木造の霊屋が建ってたのを、90年くらいたって老朽化したんで墓石一個に代えた結果、基礎だけやたら広い墓になりました。霊屋を建て替えられなかったのは3万石の小藩の懐事情が透けて見えます
丹羽家の墓は統一感あり、2mくらいの石造。若くして亡くなった丹羽氏明の墓が最も立派で、六地蔵が配されています。この次でお家騒動があり、丹羽家は減転封となってしまいます。この墓の荒れ具合は、そういう歴史も少なからず影響してるのかなあと思ったり。

知ってるようで知らない郷土のこと。興味深いことは案外近くに転がってたりしますね。
2017/02/20 01:49 歴史 TB(0) CM(0)
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