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『他人の顔』

おばあちゃんの言う通りBSは静かでいいなあ
そして偶にレアな映画もやっているのが良い



『他人の顔』

表題作や『砂の女』『壁』『箱男』etcの傑作によりノーベル賞確実と言われながら惜しくも急逝した安部公房作品の映画化。自ら劇団も主宰し戯曲も得意だった安部自身が脚本も担当しており、阿部の不条理かつ不気味な世界観をこれ以上なく映像化できています。
主人公に仲代達也・妻に京マチ子という俳優陣にもびっくり。医者の平幹次郎も良いですね、若いころこんなかっこよかったのね

薬品事故で顔に大やけどを負った主人公が精巧な仮面を作ることで他者(妻)との関係性を取り戻そうとする…「顔」とは自分と他者、ひいては社会を繋ぐ窓であり、それを失った自分はいないも同じ。でもじゃあ仮面をかぶった自分はいったい何者?…という、いかにも安倍公房らしい、「自分/人間とは」をこういう視点で描こうというのがもはや意味不明

読んでいてこんなに気持ち悪さに囚われる作家もいないと思います
精神的・生理的嫌悪感を描くのが物凄く上手いと思っていて、『砂の女』の砂の穴での生活の肌にまとわりつく砂の不快感、『闖入者』での自分のパーソナルスペース—他人に立ち入ってほしくない部分—に土足で踏みこれまれ占領される嫌悪感、『箱男』の箱の中での生活の非現実的だが段ボールの中での生活(浮浪者とは違うんだと力説し続けるとこ凄い)=最小の自己スペースの描写に段ボール生活もありなんじゃないかと思わせる説得力、そして本作での仮面の制作を通して自己と他者との関係を執拗に掘り下げていく「理系的な」感覚…毛穴から何か不快なものが入り込んでくる感じとでもいえばいいのか、文章だけでここまでの感覚に囚われるのは物凄いとしか言えない。

その本人が脚本を書き彼の意図を理解している盟友勅使河原宏が監督しているということで、この映画もその「不快感」を最大限映像化することに成功しており、仲代・京の夫婦の会話は緊張感と不安定、という阿部公房的文脈に溢れたもの。

シュール極まりない病院、劇中劇、顔のない群衆が埋め尽くすクライマックスなど映画的にも見どころは多く、小説も映画も優れているという稀有な作品だと思います。『砂の女』も見るべきなんでしょうけど、砂まみれでじゃりじゃりになるのまじ苦手なんですよね…

LED ZEPPELIN 1972.06.15 Nassau

夏バテ慣れしてきた

LED ZEPPELIN
1972.06.15
NASSAU COLISEUM
UNIONDALE, NY


Source : First Generation Analog From The Krw_co Collection

1: DRONE
2: IMMIGRANT SONG
3: HEARTBREAKER
4: BLACK DOG
5: SINCE I'VE BEEN LOVING YOU
6: STAIRWAY TO HEAVEN 
7: GOING TO CALIFORNIA
8: THAT'S THE WAY
9: TANGERINE
10: BRON-YR-AUR STOMP
11: DAZED AND CONFUSED
12: WHAT IS AND WHAT SHOULD NEVER BE
13: MOBY DICK (CUT)
14: WHOLE LOTTA LOVE (CUT)


至福の72年夏アメリカより、録音直前の15日ナッソー公演2日目。

不完全収録の高音質ソースがCD黎明期から知られており、エコー効いてますが非常にクリアで臨場感たっぷり、似たような音の前日や11日と比べても良い音ではないでしょうか…しかしながら隣の男が酔ってるのかラりってるのかまじでうざい 盛り上がってるだけならまだしも「録音してるの?」etc絡んでくるのがたまらない、おかげで熱演の「天国への階段」はじめ結構な曲数が台無しに これを補完する別ソースはないのか…
今回KRWCoが新たにテープから起こした本ソースは以前のCDR経由のものよりかなり高音が効いており、人によってはうるさく感じるかもしれません。個人的には金物が良く聞こえるのでこっちの方が好きかな

演奏の方は皆さまご存じの通りそれはもう凄まじいもので、ほぼ25日LAと同じ領域にあります。
1曲目から終わりまで一部の隙もなくほとんど完成されており、シアトルから新曲ぶっこむのは曲の出来を録音したい思いもありながら、単純に演奏に変化を欲したのもありそう

この日は新曲はありませんが頭4曲や「Dazed」はじめそのまま公式で出しても差し支えないほぼ完ぺきな演奏、プラントも頭から全力で、前日より健闘しているように思いますが「天国」ラストパートは頑張り切れない…もはやこれが通常運行か

前日も非常な名演でアンコールも大盤振る舞いだったのでこの日も同様だったと思いますが、セキュリティと揉めて替えのテープがなくなり未収録なのは本当に残念…「Moby Dick」はイントロアウトロのみ、「Whole Lotta Love」はギリギリまで録って最期のブレイクがおまけの様に収録されているのがテーパーの無念さとせめてもの意地を感じさせます。これもまたブート鑑賞の醍醐味といえますが、やはり別ソース求む

『乱』

寝起きが一番疲れてるってどういうことなんでしょうね笑



『乱』

黒澤明26作目にしてカラー化黒澤の最高傑作。1985年発表
名作なのは分かっているが「暗い重い長い」と3拍子揃っているのでドッと疲れる

リア王と毛利3兄弟を織り交ぜたまるで救いのない悲劇、そしてこれを自ら「人類への遺言」と銘打った黒澤…『姿三十郎』のデビュー以降絶対の信念を持って人間と生きることを肯定し続けてきた黒澤が最期に辿り着いたのが、人類への絶望、とは…

『赤ひげ』以降の黒澤が辿った苦難の道‐『トラトラトラ』の降板、『どですかでん』の興行的失敗と黒澤プロ経営難、自殺未遂、そして映画業界の衰退と共に思うように映画が作れなかった苦しみを思えば、この「遺言」は当然といえば当然の帰結なのかもしれません。
しかし黒澤は唯では転ばない、自分の艱難辛苦すら映画の題材になるじゃん!と創作のエネルギーに変え喜々として制作始めるあたり、マジの映画狂です。26億円かけて相変わらずの鬼演出で今度は関係者を苦しませまくるあたりもMを通り越したSやね(褒めてます また黒澤を語る上で外せないドストエフスキーも彼の後半生において『悪霊』『白痴』『地下室の手記』等で人間の負の極致を描いており、この意味でも必然を感じる

シェイクスピア悲劇と戦国時代という構図はかつての『蜘蛛巣城』を踏襲というよりは、西洋人にも分かりやすいようにという配慮が入ってそう…フランス資本も入ってるしね 余談ですが巨額の予算と黒澤にビビッて国内だけでは金が全然集まらなかったというのはホント糞な話だと思います。

リア王に黒澤自身を投影しているのは明らかで、老いて息子たちには邪険にされ行く当てがなくなり、死ぬこともできず発狂して荒野を放浪するというのはまさに自身の後半生の投影に他なりません。

人間の愚かさを天から俯瞰する、との狙いの通り、親子/家族の骨肉の人間ドラマもありながら、主役は圧倒的物量を揃えた騎馬軍団・歩兵による合戦シーンです。前作『影武者』で得たノウハウが生きているのは間違いありませんが、滅びの美といえた前作と根本的に違うのは、何千もの人の群れがまるで生き物のように戦場を蠢く様を、人の持つ負のエネルギーの噴出として映像に捉えていることで、このおぞましさこそが本作のハイライトと言えるでしょう。演出も凄いが兵隊たちの練度も並大抵ではない

ただ大群を以て個を為す演出のためか、相変わらず引きの画が多く役者の表情が判然としないのは残念。
大仰な特殊メイクしてた仲代達矢は別として、寺尾聰あたりは誰がやっても一緒だったのでは(ry 討ち死にする時は後ろ姿だし
『蜘蛛巣城』の山田五十鈴以来の女性主役級となった原田美枝子は流石の演技。テレビの「座頭市」でも目を引く演技されてましたが、ここでも家を滅ぼされた復讐に燃え、使えない一文字家の男共を誑かし破滅への仕掛け役を十二分の情念で演じています。
一方全てを赦し仏門に帰依する対照的な役に宮崎美子が起用されていますが、出番も少ないのはまだしも望遠ばっかなので顔が見えず、折角の宮崎美子がもったいない
道化役のピーターの異分子感は折に触れて議論になるようですが、個人的には全く気になりませんでした。むしろこの救いのないストーリーには欠かせない役どころだと思うんですが。演技も下手とは思わんし、深夜徘徊する仲代リア王を良く介護していたように思います笑

これは余談でたらればなんであれですが、もし当初の想定通り、主役三船劇中随一のおいしい役どころ鉄に高倉健だったらどうなっていたか…是非もなしですが、まじで見てみたかったなあ…

登場人物は誰も助からない、ラストカットの阿弥陀如来は浄土での救済というのではない、人間の醜さへの諦観ということなんでしょうか。
何度も見たい映画ではないが偶に気合を入れて見たくなる、白黒黒澤とはまた違うが描きたいことは全く変わっていない、どこまでも「人間」を突き詰めた監督の一世一代の悲劇大作です。

LED ZEPPELIN 1977.07.23 Oakland

THE 夏バテ
朝出勤するだけで体力ゲージが0になるのが分かる。

LED ZEPPELIN
1977.07.23
Oakland CA.


Source : First Generation Analog From The Krw_co Collection

1 Tune Up
2 The Song Remains The Same
3 Sick Again
4 Nobody's Fault But Mine
5 Over The Hills And Far Away
6 Since I've Been Loving You
7 No Quarter
8 Ten Years Gone
9 The Battle Of Evermore
10 Going To California
11 Black Country Woman
12 Bron-Y-Aur Stomp
13 Trampled Underfoot
14 White Summer / Black Mountain Side
15 Kashmir
16 Guitar Solo
17 Achilles Last Stand
18 Stairway To Heaven
19 Whole Lotta Love
20 Rock And Roll
21 Black Dog
22 Closing

やっぱりダメだったかとなる。
シアトルから始まる77年USツアー後半戦、中止となる前日の23日、オークランド公演。
夏ということで屋外大会場での公演も予定され、よりイベント性に焦点を当てたツアーとなる、はずでした。

音は良くもなく悪くもなく、77年スタジアムならではの遠くからの録音、の屋外なのでエコーは効いていないVerという感じ。最初は遠いな~と思わせますが慣れればラフながらまあ聴けるレベルの音です。要所要所で炸裂する爆竹の音もそこはかとなく開放的に聞こえます(?

大団円のLAから2週間の休暇でボケてしまったかなかなかというか全然調子が上がってこずgdgdな演奏が続く中、流石に反省したのかこの日は前半の平均点あたりまで復調しています。
77年ツアーの常として出来不出来はフロント2人にかかっているわけですが、ジミーはところどころおかしく「丘の向こうに」ではフレーズが出てこないのかソロが途切れる「Since~」ラストでも合わない、トドメは「Ten Years Gone」ソロ突入タイミングがズレ演奏が止まりとても気まずい…昼間なので寝ぼけているのかドラッグのせいなのか勘が戻ってないのか分かりませんが、いろんな意味で悲しくなる。アコースティックコーナーからは目が覚めたのか本領を発揮しているようにも聴こえますが、ラフな音質なので粗が隠れているだけで、sbdだと恐らく聴けたもんではない(ry
プラントもシアトルからは大分戻ってきてはいますが、まだ高音が苦しく「The Battle Of Evermore」等で逃げたりしています。まあ回復途上であることは間違いないのでこのまま行けば未来は明るい、と思わせてくれるだけに…

アコースティックコーナー以後も盛り上がってはいますが、バンド全体が熱いのではなくボンゾが他(特にジミー)を置き去りに突っ走ってる感あり、「アキレス」のやけくそプレイはある意味必聴笑 昔から言われていることではありますが、ジミーが心身共に堕ちていく中ボンゾだけが全盛期を保ち続けた結果、ボンゾの技量が突出し暴走に繋がっているのはこのバンドがいかに微妙な均衡の上に成り立っていたかが分かる
ということでバンド全体としても悪くはないがどこかラフ、今ひとつ上手く回ってない感が否めなく、こうしてみるとどれも同じような演奏に思えたツアー前半戦も意外と頑張ってたのねとなる。

復調の兆しが見える、というレベルのこの日が後半戦のピークなのは悲しい限りで、終演後勃発したプロモーターとの暴力沙汰で翌日はライブどころではなく、そしてプラントの家族の不幸により、ZEPとアメリカの蜜月はあっけなく終わりを迎えることに…あまりにも寂しい幕切れではありますが、ロックがビジネス化し肥大化の一途をたどりバブルが弾けんとするその間際、一世を風靡したバンドたちが耐え切れず振り落とされていく中、結果としてではありますが未だその力を保ったまま身を引けたZEPはまだ幸福だったのかなあと思います。LAで大団円、と思っておくのが精神衛生上も良いですね

Nobody Loves You When You're Down And Out

Nobody Loves You When You're Down And Out



落ち込んでいる時、君を愛してくれる人は誰もいない
地中深く埋葬される時、初めて皆は君を愛してくれる

今回のような取り返しがつかなくなった後の「手のひら返し」を見るたびに、この曲を思い出します。

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Author:OGI
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